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こんにちは。
いつもありがとうございます。作戦隊長補佐です。

さて、このテーマで書きはじめて半年とちょっと、
のろのろしつつもようやく最終回を迎えようとしております。
ここまで、長かった・・・
いえ、この場合待っている方がより長く感じるものですよね。
・・・ごめんなさい。

今回は文量のほうも長ーいです。
が、どうぞ最後までお付き合いくださいね。


前回「感心→考察→仮説/2015年箱根駅伝④−1」では
一般的なスポーツ指導者の傾向を、
かなり大雑把ですが大きくふたつに分けてみました。
大舞台を「ワクワク大作戦」の場にしちゃったりする原監督のような、
選手との協同作業という意識が強い”パートナーシップ尊重・絶対承認型”
他方、昔ながらの軍隊教育?的な色合いを濃く感じさせる、
根性論+叱咤激励で威圧や抑制を指導の中心とする”支配・管理・相対比較型”

今年の箱根駅伝を観戦し、またその周辺の報道や情報から感じたのが、
”パートナーシップ尊重・絶対承認型”の駅伝チーム指導者が
〈ようやく〉表舞台にでてきたんだぁ〜ということでした。

あえて単純化しますが、
表舞台にでてきた要因のひとつは、まず母数が多くなったからではないか考えます。
原監督だけが特異に”パートナーシップ尊重・絶対承認型”だというのではなく、
長らく少数潜在的だったこのタイプの指導者が近年増えていて、
その中で結果を残すケースが現れても確率からいって不思議ではありません。

ではさらに掘り下げると、
増えてきたのはなぜなのか?

まず思いつく最も大きな要素は、社会全体の変化として
人と人との関わり方が変化していることでしょう。
つまり、遡ること20年余、90年代の日本は・・・
と、話を進めたいところですが、
もう、あまりにも広大な話しすぎて作戦隊長補佐の手には負えません。
そのあたりは社会学や人間関係学の専門家に任せます。
きっと近年の日本の人と人との関わり方の変化について述べた
論文なり書籍なりがあるはず!です。

ここではまた別の、ランニングの世界に身を置いてきたゆえの個人の視点で、
考察を展開したいと思います。

遡ること20年余、1991年の日本陸上競技界のトピックスといえば・・・
ピンと来る方、いますか?
そうです、世界陸上東京大会が開催されたのがこの年です。
期間は8月23日〜9月1日、場所は(今年解体された)霞ヶ丘国立競技場です。
一般的には、ゴールデンタイムに放映されたテレビの生中継で、
あのカール・ルイスと、彼率いるアメリカチームの圧倒的なパフォーマンスが、
そして「カール!カール!」と連呼したけれど届かなかった長島さんの声が、
強く印象に残っているのではないでしょうか。
当時競技生活真っ只中だった作戦隊長補佐ですが、出場は叶わず、
運良く譲り受けた観覧チケットで友人と一緒にスタンド観戦をしました。
(生観戦の臨場感って、スゴいですよ。五感フル動員ですから!
 テレビの方が大きく見えるしぃ〜なんて言わず、
 ぜひ多くの人に競技場に足を運んで欲しいです)

大会は10日間で幕を閉じましたが、
この時のカールルイスの走りを研究素材として、
なぜ速いのか?どう動いているのか?を追求するべく
走動作の分析・解析が進められました。
その結果、多くの陸上競技・体育・スポーツ関係者が
目からウロコを落としまくることになります。

「カール・ルイスは、地面を蹴って進んではいない」

「カール・ルイスは、地面を押すように接地している」

「カール・ルイスは、股関節の素早い動きでスピードを生み出している」

私もウロコをぼろぼろっと落っことしました。
「押す」なの!?
「叩く」ならまだしも、そんな力感の薄いイメージの動きでいいの??
 力の出力一辺倒ではなく、身体の部位の位置関係やタイミング、
 使うところと使わないところのバランスなどなどがカギって!?
 そうか、理想の走りをするには”技術”が(体力とともに)とても大事なんだ!!!

解析結果への驚きと、生じた気づき。

思えば作戦隊長補佐がランニングの方法論の中軸に
技術=身体の使い方をすえるに至った大きなきっかけが、この時です。
そして同時に、根性論や叱咤激励との親和性が非常に高いだろう
力の出力一辺倒の方法論とは距離を置くきっかけにもなったのでした。

またなにより、
ある時期に絶対と信じられ伝えられ守られてきたセオリーが、
180°と言っても過言ではないほどに覆えるんだ!ということには
衝撃を覚えました。
経験のある方も多いと思いますが、
かつて体育や部活動での走り方の指導といえば、
できるだけ「膝(腿)を高くあげ」できるだけ「下腿(膝から下)を前方に降り出し」
とにかく「曲げた膝や足首を伸ばして力強く地面を蹴る」、が中心でしたよね。
でも、そうではなかった。
唯一の真実とさえ思っていたことが、実はそうではなかったなんて!

この天地がひっくり返るような経験を、
第一線で競技活動をしていた時期に遭遇したということが、
非常に大きかったと振り返ります。

競技者は自分ごととして切実なのは当然として、
自分ごとゆえにこの急変に対して相当に柔軟にならざるを得なかった。
可能性を信じ、いち早い順応を目指してトレーニングを刷新していきます。
必然として引き受けた柔軟性。

そこが同時期の多くの指導者と袂を分けた部分ではなかったかと。
指導者は、指導する競技者たちの、そして自らの指導セオリーの
前後左右の連続性の中で指導を考えなければなりません。
多かれ少なかれ変化に対する制約や抵抗感が生じやすい状況下にあって、
思い切った舵を切ることは簡単ではないでしょう。
柔軟になることを引き受けきれなかった、のだと推察しています。

どうしてこう自分の体験談てきなことを長々書き連ねるかというと、
原監督は作戦隊長補佐とさほど年齢が変わらないのですね。
今これから指導者層の核となる40歳〜30歳代の指導者たちの多くが、
価値の大転換を競技者時代に見聞きしていた世代です。
必然として引き受けた柔軟性は、その価値感や思考に
案外色濃く影響していると考えます(少なくとも作戦隊長補佐自身はそう)。

力の出力一辺倒の方法論ではなく、技術=身体の使い方が重要であることが、
客観的データとその解析で明らかになったことを競技当事者として知っている。
そして、唯一の真実とさえ思っていたことが実はそうではないこともあり、
柔軟な発想と行動こそがその先の道をつくるのだということを
競技当事者として知っている。

そのことが、”パートナーシップ尊重・絶対承認型”指導者増加の
ひとつの理由ではないかと、もしかしたら有力説かも?
と考える作戦隊長補佐であります。


長々と勝手気ままな考察にお付き合いいただき、
ありがとうございました。
まぁ、とりあえず心に留めておいて欲しいのは以下のことだけです。
よろしくお願いいたします!

「カール・ルイスは、地面を蹴って進んではいない」
「カール・ルイスは、地面を押すように接地している」
「カール・ルイスは、股関節の素早い動きでスピードを生み出している」
「カール・ルイスもきっと、来月18日(土)開催の
『みてみて「ミタテ」ロゲイン@さっぽろ』に参加したいに違いない!
 申込み受付中です〜!」


  
かけ足でお早めのお申し込みを!


では、また。



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